
この記事は雑誌「モデル・アート」1988年12月号 特集「ヨーロッパ航空戦のエースたち 東部戦線」所収の池田 始氏のよるエアフィックス1/48のメッサーFの製作記事を再現したものです。当時大学生であった私は、プラモデル自体はほとんど完成していなかったのですが、この池田氏のメッサーや、前後して掲載されたドルニエ335などの作品に、それはそれは深い感銘を受け、痺れたものです。この時代のメッサーといえば、全スケールを通じて最もまともであったのが、このエアフィックスのFのキットと、レベルのG-10でした。当時の英米のキットの特徴として、木型師の実機を見る目が肥えていたせいか、大変デッサンに切れがあり、プロポーションが概ね美人なことが上げられます。逆にダルなモールドやはめあわせの悪さもまた一流でした。反面、当時の日本製飛行機模型は、デッサンがとっても貧相な割に、表面デティールが精密になりはじめた頃でした。こういうアンビバレントな状況で、必然的に雑誌の登場されたライター諸氏は、エアやレベルのプロポーションの良さを「素材」「土台」としつつ、より飛行機模型らしさ、を表現することを命題としており、その作法についてはすべて自前で行わざるを得なかった訳であります。例えば小坂氏の筆塗り研ぎ出しであり、岡村氏のフルスクラッチであったり。これらの作品は素組みすら覚束ない私にとってみれば、深海の底から浮かび上がって、なおかつ富士山の頂上まで登るごとき行為に映ったのです。憧れない訳は有りません。かなわぬ夢とは知りつつ、眼前のこのエアのなまくらなキットが、やればここまで達するのだ、という思いは、若い私にとっては、モチベーションとは成れ、ハードルに思えることは決してありませんでした。今回ご紹介させていただく池田氏の場合、ピリっとした基礎工作の上に加えて、エンジンなどメカの精緻な工作と、使い込まれた風合いをしっとり表現した塗装技術に目を見張ったものでした。
キュレーターの余計な前口上
2001年になり、雑誌スケール・アヴィエーション誌上で、読者投稿のCG作品に「池田 始」のお名前を見かけるようになり、これだけドイツ機に造詣が深い描き手は、絶対に若い世代では無い、おそらく往年の名手、モデルアートで名を馳せた池田氏その人であろう、と半ば確信しておりました。そして偶然、2002年になり、氏が3DCGの作品集サイトを開かれたことから、コンタクトが取れるようになりました。長くプラモデルに係わっている(作っている、とは言ってません、、、笑)と、こういう嬉しい偶然に恵まれることもあるのですね。幸いにして知己を得ている石塚昌弘氏に仲介をお願いし、モデルアート社へ早速コンタクトをとり、編集部のY氏のご好意で記事の再録が可能になりました。こうして「モデルアート 黄金の80年代」を支えてきたライターの作品がまた1点再び、若い世代にも伝えることが出来るようになった次第です。この池田氏の作品のように、10年以上経過した現在の目で見ても、いささかの遜色も無い作品は、残念ながら今の雑誌作例はそうそうお目にかかれるものでは有りません。さて、ここでこれ以上長々と無駄な口上を述べても白けるばかりでしょうから、皆様、池田氏の「カウリング・フルオープン&可動」メッサー、十分にご堪能ください。最後に一つだけ付け加えさせていただけるなら、実は私もこの作品を目指したことがるのです。確か1996年頃、ハセガワの1/48F型を用いてメッサーのカウリング可動にチャレンジし、カバー(仏のハイテック製ばQやバーリンデンのレジンを試した上で、キットパーツの薄々化を採用)と三巴ヒンジ(後述)までは行きましたが、結局当時の力量では池田さんのレベルには到底追いつかず断念したのです。その苦い経験値が、エンジン内蔵&カバー可動フォッケに活かされたという案配。協力:(有)モデル・アート社
はじめに 東部戦線のエースということだが、既に本誌(モデルアート誌)1984年8月号でJG52の特集を組んでいる(注:石塚氏のエヴァルトの掲載された号)こともあって、これしかないのJG54のノヴォトニーである。ノヴォトニー乗機としてはMe262やFw190も有名であるが、ドイツエース第5位である総スコア258機への第1歩ともいうべき、30機撃撃墜のBf109F-2に今回は挑戦してみた。
キットについて プロポーションはとても良くて側面形の後部胴体のふくよかさと、上から見た時に図面では表せないヴォリュームあるカウリングから、これまた窮屈なキャノピーまでの絞り込まれたラインなど素晴らしく、このキットを作って、なおいっそうこの綺麗なメッサーに惚れた程のものである。最近グンゼから900円という安さで発売され(注:1988年当時のことです)、手に入りやすくなったので一作をおすすめする。なおこのキットについては本誌上で何回も紹介済みなので少し目先を変えてエンジンを組み込み、カウリングをヒンジにて開閉式としてみた。ただし、エンジンを組み込まない時の3倍は時間が掛かったであろう。
コクピット よく胴体表面にヒケが出ないなあと思う程ディティール感と彫りの深いコクピットサイドのモールドであるから塗り分けてやるだけで良いだろう。シートベルトとバックルを自作してやる程度で追加物は充分だ。レビ照準器はリフレクタガラスの中心にパーティングラインが入っているのでそれを取る意味もあるが薄くぺ一パーがけしてやりコンパウンドて研いだ。これは気を付けないと薄くしたため折れてしまう。そういう私が折ってしまったので接着剤でもとどおりにした。
胴体 コクピットと尾輪をサンドイッチして左右胴体を貼り合わせ、エンジンカバー(私のために別パーツとなっている?、、、、笑)をゼリー状瞬間接着剤で4点ぐらい仮り付けしてやる。ぜリー状といったのは、普通の瞬間接着剤だと流れてしまい本気でカバーが付いてしまうからなのだ。ここでメッサーFの特徴である機首上面の3段折れノーズを再現してやり、同時にカバーと胴体の段差を無くす、また、Bfl09のいずれのキットも再現していない、後部胴体を斜め上から見た時のサイドのS字ラインを再現してやる。つまりコクピット直後のパルクヘッド(第2隔壁)形状がMe262の胴体断面形を狭くしたような、つまりのっぽなオムスビの形状に対し、その2つ後の第4隔壁ではタマゴ形となるよう再現してやれば良い。主翼フィレットが外板1枚分浮き出し表現となっているところはモールドが甘いので、カッターを立てカンナのように用いてシャープにしてやる。垂直尾翼のフィレットも同様に。
エンジンカバー 再びカバーを胴体から外してやり、仮り止めに使った瞬間接着剤を削りながらエッジを薄くする。カバーはエンジン補器類との干渉を避けるためなるべく全体的に薄くしてやる。半丸の彫刻刃とサンドペーパーを便用。カバー表の機銃は削りとり穴を開け、弾道溝を彫刻刃や丸ヤスリで深くする。なおこの溝の裏側は当然逆に出っ張っているので、再現するがここらへんは薄く削り過ぎて穴の開かないよう、光に透かしながらの作業となった。カバー裏は0.17mmプラペーパーでディティールを追加する。
ここらへんで胴体も含めてスジ彫リを行なっておく。好きな人はいないと思うし、私もスジ彫りは嫌いであるが、機首部と後部胴体下半分は削り込みが激しいのと主翼上面の外板ラインに間違いがあるのでやらねぱならない。カバー下部で一部排気管のうしろの胴体にオーパーラップするところと、排気管にかぶさる逆メクレのところは0.1mmアルミ板である。ヒンジはトライマスターのHe162のもの(注:その後トライヒンジとして別売、小サイズのほう)を使用。普通のヒンジは2枚ヒンジであるがどうも実機写真を見るとヒンジから真下に支柱が降りてていて、それがエンジンに固定されているようなので、ヒンジの2歯分は三つどもえヒンジとした。ヒンジ最前部は中心の0.3mm線を90度曲げて真下に垂らし、その先端をエンジンに埋めてやる。なおカバーとヒンジをエポキシ接着してやるが、ヒンジの閉角としては約180度有効になるよう気をつけた。つまりカバー上部の機銃穴の左右がペッタンコと付くぐらいのつもりで工作してやると良い。
エンジン 前々回(注:モデルアート誌1988年9月号)のDo335に続いてまたもハセガワBfl09E用メタルエンジンを使用。まずエンジン下部パーツ、つまりシリンダーは中心から左右に切り1.2mm程広げてやり、上下パーツの間にも1.2mmプラ板をサンドして、全体的に大きくしてやる。こうすることによってエンジンルーム内にぎゅうぎゅうとなり、いかにも実機の設計において前面投影面積を減らすべくエンジンギリギリのカウリング設計をしたのだなあ、という雰囲気が出ると思う。また排気煙が上方に回り込むのを防止するカバーと下方のカバーは、それぞれ0.1mmアルミ板とプラペーパーから。排気管もモールドがまあるいので、カッターでシャープに。
機銃 まず機銃カバーを胴体から切断してやるが、トライマスターのノコセットが0.2mmと薄いので最適であろう。なおトライマスターのスジ彫リテンプレートの内、大きなRのセットにオマケで付いているノコは0.1mmとこれまた薄いので翼前縁や後部胴体の輸切りラインなどのスジ彫りにも持って来いであった。
機銃カバーを外すと中の機銃が見えてカッコ良いのであるが、それよりも機銃カバーを外し、かつカウリングを両開きにし真横から見た時、カバーがまるで宙に浮いているような感じであり、これこそ製作前から私のねらっていた構図なのである。![]()
機銃はエンジンに付属のもの。MG17弾倉はプラ角棒。その取っ手はプラペーパー。ここでエンジンを載せ、先ほどのカバーヒンジ支柱の入る穴2個所をエンジンの上面前後に大きめに開けておく。そしてエンジンカバーを胴体に当てがいながらMG17の先端か機銃穴に少し覗くよう、また機軸と平行になるよう高さと左右を決めてなんとかしてMG17を固定してやる。エンジンカバーのところでいい忘れたが機銃穴はキットのものより少しうしろにあるほうが機銃とその穴と排出シュートの前後関係はビタリとするし、図面や実機写真から判断しても正確なようだ。
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主翼・足回り エアフィックスのBfl09の場合、主翼と胴体の接着面が実機での分解部分と一致しているので、とにかく主翼上面は隙間なく密着するようにスリ合せをして、決してパテなどで整形して再び同じところにスジ彫りを施すなどということはやめる。要は、図面などよよりも上反角を小さくしておき接着する時、主翼上面に隙間のないようにして、下面に出来た隙間は実機どおり、パッチをプラペーパーで作って貼ってやる。この方法だと楽だし、下面のディティール感も増すと思う。前後するが主翼後縁は薄く削ったほうが良いだろう。脚収納孔内はリブや軽め穴やキャンバスを再現してやる。キットの脚柱はまるで卵を2個程香みこんだヘビのようにまあるいモールドなのでナイフやヤスリてエッジを付けた後02で塗りスミ入れしてやった。プレーキパイプと同時にそれを止めているバンドも作ってやると違和感が無くなると思う。
塗装・その他 ノヴォトニー乗機に関してはキャノピー前部の防弾ガラスは削りとってやる。そこヘポッカリ開いた穴に0.2mm透明プラ板でガラスを作る。全体塗装の前に白の8番付近とラダー右側に白を吹き、それぞれ8の形とスコアの形をマスキングしておく。8の黒フチは全体塗装後マスキングをはがし、丸のテンプレートでフチをうすく針でケガキ手描きする。上面70/02/79下面76で、この機体の図はモデルアート誌別冊「ドイツ軍用機の塗装とマーキング」のP121に、また写真はモーターブーフのノヴォトニ一写真集に4枚程載っているが、やはり胴体左側後部、左主翼内側、右主翼外側と左水平尾翼のパターンはデザインする他なかったことをお詫びする。パルカンクロイツはとくに胴体のものは外板ライン間にピタリと収まらねばならないこともあって全部キットのもの。グリュンヘルツはマイクロ48−88、I/JG54のワシはフジミのFw190D‐9からであるが、この2つはマイクロ48−8Fw190用としてあるのでこれで足りるだろう。ハート内の“13’は不用デカールから。
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※クリックで画像拡大●なお、そのほかの画像が、takahashiさんのサイト「Luftwaffe on CG」の1ページに所収されています。
<キュレーター追補>
●ノヴォトニーについて Walter Nowotny(Luftwaffe-experten 1939-1945)
Walter Nowotny(Petr Kacha`s Aces of Luftwaffe)
●塗装の参考に:JG54のローカル迷彩写真(The 109Lair)
●デカール:旧エアロマスターデカール SP48-1a Lufwaffe Top Guns 在中(現在絶版)
部分的には、同デカールの SP48-02 : Luftwaffe Green Hearts, JG 54(Bf-109)が流用可能
池田さんのサイトはこちら: BATTLE on 3DCG
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